伝統を受け継いでいくことは、変化しないことではなくて、むしろ、伝統を受け継いでそれで独自性が担保されていることで、思い切った変化もできる。受け継がれる伝統が置かれる「文脈」が常に変化する。元号や三種の神器の周りに、劇的に変化する日本の景色が光の奔流になって見えればよい。
「退位礼正殿の儀」を拝見して、ああ、本当に今上天皇陛下はご退位なさってしまうのだという実感がこみ上げてきた。儀式というものは、人々の心に深く時の流れを刻むためにあるのだと思う。三種の神器をうやうやしくかかげた方々が所作をしている間、陛下は身じろぎもせずに立っていらした。
東大入学式での上野千鶴子さんの祝辞を読んだ感想
東大入学式の上野千鶴子さんの祝辞でも指摘されているように、入学者に占める女性の割合がこんなに少ないのは確かに謎、問題で、学力だけで見ればおそらく50%かそれ以上にならないとおかしいんだけど、そうなっていないのは上野さんが指摘されるようなさまざまなジェンダーバイアスがあるのだろう。
ゴーンさんが逮捕されたとしても、それは、ゴーンさんという人における「一部」でしかない。日本のメディアは、「ゴーン容疑者」と、あたかもゴーンさんの存在自体が「容疑者」で塗り固められたような印象操作をするが、実際には「ゴーンさん」の社会的あり方の一部が「容疑者」であるに過ぎない。
新元号「令和」は、史上初めて国書からとられたわけですが、中国の古典に間接的に影響される日本書紀などではなく、当時の庶民から天皇まで多くの方の和歌が集められた、いわば当時の集合的無意識が文学的に集大成されたとも言える「万葉集」からとられたという点に、さまざまな配慮を感じます。
新元号「令和」は、季節の移り変わりや、人の心の繊細な動き、生きるということの切なさ、儚さ、美しさに関する日本人の感性を集大成したとも言える万葉集から綿々と続く、日本の「もののあはれ」のこころを象徴する元号になったのではないかと考えます。私は歓迎いたします。
新元号、「令和」ですが、菅官房長官の今の発言から検索すると、ここが出典であると思われます。 万葉集巻五に「太宰帥大伴の卿の宅に宴してよめる梅の花の歌三十二首」 「時に初春の令月、気淑く風和ぐ」より、「令和」
会田誠さんのような一匹狼的なアーティストと、大学という、組…
鳩山由紀夫さんのCCSと地震の関係のツイートについて